2012年度春期講座

講座番号
1111

連続講座 「世紀を歩く―美術と文化Ⅰ:17世紀」

人類は地域や民族によって異なった時間を持ち、それぞれ特有の思想・文化を創り上げてきました。けれども、西欧社会が中心をなしているように思いがちです。そんな既成の眼差しからはずれて、ひとつの世紀を、芸術を中心に歩くことで、人類の文化の多様さを確かめていきます。

開講日時・講座内容・講師

第1回 2012年4月14日(土)10時30分~12時00分
「はじめに―なぜ17世紀か」
海老塚耕一[美術家、本学教授。素敵なあそびとしての美術の楽しさを、制作と理論から探る]
第2回 4月14日(土)13時00分~14時30分
「東照宮と桂離宮」
―日本建築の象徴、非日常、ブルーノ・タウト
岸本章[建築家、本学教授。インテリア、住宅から町並までを幅広く手掛ける]
第3回 5月12日(土)10時30分~12時00分
「カトリックとプロテスタント」
―メメント・モリ、生のはかなさ、東洋への伝道活動
秦剛平[ユダヤ教学者、本学教授。編著に『名画でたどる聖人たち』他]
第4回 5月12日(土)13時00分~14時30分
「狩野派の時代―狩野探幽を中心に」
―墨の技術と発想、障壁画を中心とした絵画表現
中野嘉之[画家、本学教授。中国等を巡り、墨と和紙を研究。自然の現象をテーマに描く]
第5回 5月19日(土)10時30分~12時00分
「イタリア・バロック―ベルニーニ」
―ミケランジェロ、迫真性、瞬時性、肌
松浦弘明[美術史家、本学教授。専門はイタリア中世・ルネサンス絵画史]
第6回 5月26日(土)13時00分~14時30分
「岩佐又兵衛と浮世絵」
―憂世又兵衛/浮世又兵衛、かぶき者、舟木本《洛中洛外図》、官能的な描写と知的な構成、江戸の浮世絵師に遺したもの
佐藤康宏[美術史家、東京大学教授。専門は日本近世絵画史。著書に『日本美術史』他]
第7回 6月2日(土)13時00分~14時30分
「オランダ黄金時代の絵画―フェルメール、レンブラント」
―グローバル、市民の肖像、女性、美術市場
小林頼子[美術史家、目白大学教授。専門は西洋美術史。17世紀オランダ絵画を中心に研究]
第8回 6月9日(土)13時00分~14時30分
「エスファハーン―世界の半分」
―数理造形、空虚の造形、パラダイス、東西交渉、喫茶の作法
高橋士郎[造形作家、本学教授。マイコン制御の作品や世界各地で「空気膜造形シリーズ」を発表]
第9回 6月23日(土)13時00分~14時30分
「哲学の時代―デカルト、スピノザ」
―普遍数学、方法(4つの規則)、方法的懐疑、心身問題
松田直成[哲学史家、本学教授。フッサールの現象学の発展と今日的意味を探求]
第10回 6月30日(土)10時30分~12時00分
「バロック音楽」
―オペラの誕生、現代への音楽の源流、20世紀末に音楽を刷新した古楽器
平末広[産経新聞社記者。音楽雑誌『モーストリー・クラシック』の編集に携わる]
第11回 6月30日(土)13時00分~14時30分
「松尾芭蕉」
―俳、旅、狂、文
平出隆[詩人、作家、本学教授。詩歌、小説、エッセイなどで言葉の多様性を探求する]
第12回 7月7日(土)13時00分~14時30分
「琳派」
―意匠、装飾、色彩、デフォルメ、ダイナミック
河嶋淳司[日本画家。琳派の伝統的技法と様式をもとに、新しい表現を試みる]
第13回 7月14日(土)13時00分~14時30分
「《ラス・メニーナス》(ベラスケス)」
―表面、深さ、エピステーメー、宮廷画家、ピカソ
本江邦夫[美術評論家、本学教授。専門は近・現代美術研究。著書に『現代日本絵画』他]
場所 上野毛キャンパス
受講料 全13回9800円、1回ごとの受講は各回1000円
定員 各100名
申し込み締切 全13回および第1・2回は3月24日、第3~13回は各回の3週間前の土曜日、第6回のみ5月8日(すべて必着)

本講座のみ、Eメールでのお申し込みも可能です。

必要事項を記入のうえ、下記アドレスまでお送りください。

必要事項

  1. 講座名「世紀を歩く―17世紀」
  2. 受講希望回
  3. 郵便番号・住所・氏名(フリガナ)
  4. 性別
  5. 生年月日
  6. 電話番号
  7. 学生は学校名・学年、本学卒業生はその旨
  8. 「HPをみて申し込み」と明記

お申し込み先

 

   life@tamabi.ac.jp

 

コラム「世紀を歩く」

海老塚耕一<美術家・本学教授>

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地球上の不思議は、同じ時間が動いているはずなのだが、時計の針が、ある領域は急速に、ある領域はのんびりと、そしてはたまた全く止まったように見える地域があるということだ。そう、子供のころ「コロンブスの新大陸発見」といった記述に心躍らせた人も多かろう。未知の世界、そして人類が誰もいないという土地の広がりは、それは幼いころの行方知らずの「夢」に、ある可能をもたらしてくれた。しかしアメリカ大陸にはすでに人が住んでいた。その人々を先住民と言ってしまう人々がいた。日本においても中心は西であったため、白石以北は異なった人々の住む地域とされて、野蛮な国と信じられていた。

ところで高度の文化がどれほど独自性を標榜しようとも、過去においてさまざまな異文化を吸収同化して初めて形成されていることは疑いようもない。異種の諸々の文化が影響し合い、同化ないし異化の過程を繰り返すことで変貌していく、それが文化の運命の真の姿であろう。

歴史のなかで、それまで考えもしなかったような影響関係を見出すことができるようになった。しかも文化の影響は一方的なものではなく、諸文化圏の間の相互作用を軽視することはできない。そこでひとつの世紀を西欧社会中心の眼差しで見るのではなく、世界をその広がりのなかで同時的にとらえ直すことができたなら、どれほどこの世界がやわらかく、そして愉快に見えてくるだろう。歴史は個別には存在しないのだから。

写真=1648年にオランダで刊行された「ブラウ図」(写真は1664年のもの)